ひとりひとりの顔が見えるということ

3月 30th, 2007

『ひとりひとりの顔が見える教育』等と言われることがあります。
そのために小規模クラス編成として30名程度のクラスにというのですが、学年あたり30名×数クラス、果たしてそれでひとりひとりの顔が見えるのだろうか?

振内小学校のような小規模校には、また別の問題もあるのだが、小規模校の良さを感じる出来事が最近いくつかありました。続きを読む

ちょっと前、卒業式、卒園式のシーズンでした。
私達も田舎に移住して数年経ってしまったので、当たり前に感じるようになっていたのですが、小中学校の卒業式や卒園式では、ひとりひとりの子供が主役となる時間があります。

卒業証書の授与。校長先生はひとりひとりの子供達にしっかりと声をかけてくれます。
名前を呼んで『○○は小学校でこうだった。中学校に行っても…。がんばれ』等と。もちろん名前は呼び捨てです。家族のような学校だから、自分の子供を呼ぶように呼んでくれます。

そして、児童・生徒はひとりひとりが中央に立ち。保護者や在校生、お世話になった先生達に卒業の決意を述べるのだ。

これが実に感動します。『お世話になったお父さん、お母さん…』等というくだりは、もう涙を止めることが出来ない。
そのお父さん、お母さんのことも良く知っているからです。
どんな苦労をされたとか、どれほど喜んでいるかという気持ちも手に取るようにわかるので、自分のことのように涙が出ます。

一昨日あった保育所の卒園式ではもっとヤラレました。
保育所の卒園式には始めて参加しましたが、やはり、小学校や中学校のように主役の時間がありました。
しかし、その泣きなさい効果はさらなるものがありました。

まず、母親(父親の場合もあるが)と子供がが中央で向かい合わせになり、母親が子供への手紙を読みます。ほとんどんの母親はここで号泣する。それを見ている父親もウルッとくる。
そして、今度は子供がお父さん、お母さんという手紙を読んで、それぞれに花を渡しに来るのです。

子供達の姿がはっきりと見えなくなってしまったことは、言うまでもないでしょう。

そして、涙が乾いてから、実感した。

どの子供も、どの親も、どの先生も、みんなお互いに良く知っている。
昔ほど寄り合うことが無くなっても、心のコミュニティはまだまだ存在している。

私達はこの田舎に越してきて本当に良かった…

12名の子供達が巣立っていきました

3月 16th, 2007

たった12名の卒業生だから、みんなのことが良くわかる。
たった12名の卒業生だから、みんなの父や母のことも良くわかる。

この子はこんなことに頑張ったなとか、この子はこんなことで躓いたときもあったとか
卒業生の親でもなくても、そんなことも知っているから
彼や彼女達を送り出す親のような思いがある

たった12名の卒業生だから、カメラの向こうが滲んでしまう

卒業、本当におめでとう…

PTA活動と役員

3月 5th, 2007

あなたのお子さんの通う学校では、PTA活動ってどんな感じですか?

PTAは、Parent-Teacher Association ですから、保護者−教師の会ということになります。

そもそも、PTAは何の目的のためにつくられたのだろう?
そして、どんな活動をしていくべきなのだろう?

PTAの役員改選を目前に控え、そんなことを考えてみた。

そもそもアメリカで出来た制度のようですが、日本では『第二次世界大戦降伏後に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)の奨励を経て、日本の教育に導入された(フリー百科事典ウィキペディア)』とあります。なぁ〜んだ舶来品か。

現在では、社団法人日本PTA全国協議会っつうところがあって、様々な活動を始めているようだが、どうもピンと来ません。

個人的に思うには、保護者と学校が一体となり、子供達のために考え、学校を健全で良いものにしていこうという事になるのだろうけれど、田舎にいると『保護者だけ?』『地域は?』という疑問も出てきます。
と、調べてみると「地域社会(Community)」を加えたPTCAと称するところも出てきた様です。
我々田舎者にはこのほうがしっくりくるかもしれません。

さてさて、定義なんかは置いといて。

保護者や地域がどこまで学校運営に口を挟むべきなのか?
地域の学校であり、自分の子供達を通わせている学校なのだから、色々と意見したいこともあるのですけど、もっと大切なのは学校と保護者(地域)との信頼関係ではないでしょうか?

日本を背負っていく子供達の健全な育成のために、信頼関係を以て、学校経営に保護者や地域が協力していくことなのかな?
その為に最も大切なのは、学校と地域のコミュニケーションの仕組みなのではないかと思うのです。

振内地区は男親がPTA活動にとても積極的です。移住してきた頃はアセりました。汗…

これからはその積極性を『コミュニケーション』に注いでいきたいと思っています。

嗚呼なつかしき給食の味?

3月 2nd, 2007

振内小学校で給食をご馳走になりました。と言っても、お昼時に「まぁどうぞどうぞ」と勧められたのではなく、今日は振内小学校の中学年の授業参観日だったのです。その一環として保護者の給食試食会がありました。

『いやぁ給食なんて久しぶり。なっつかしいなぁ…』と出かけていったのですが、あれっ? 何これ? 飲食店の料理みたい。続きを読む

実は振内小学校は自校給食で、みんなが食べるランチルーム横の調理室で作ったできたての熱々をいただけるのです。
移住してきたときからそれは知ってはいたのですが、実際に見てみてびっくり!

かなりのものが出てきます。今日はひな祭りの前日ということもあり、献立はちらし寿司、具だくさんお吸い物、鶏の唐揚げ、牛乳。
また、量がたっぷり。『お父さんだけ特別だなっ』と周りを見ると、子供達もてんこ盛り。まぁよく食べるわ。

味も満足。保護者の立場を忘れて、すっかりランチを楽しんできました。

こんなのを毎日食べられる子供達は幸せだわ。お父さんなんて… 笑

地域の皆さんにも食べられる場を提供して、学校を理解してもらうと同時に、子供達とも触れ合ってもらいたいなぁと感じたのでした。

いやいやご馳走様でした。

振内小学校は恵まれているなぁ…

3月 1st, 2007

ほっかいどう田舎すくーるの活動で北海道中の山村・海浜留学実施校を訪ね歩いているのですが、うらやましいなぁと感じることもあるけれど、振内小学校はまだまだ恵まれているなぁと感じることが多いのです。
というのは、振内小学校は各学年の児童が10名ほどいます。過疎地の学校ではありますが、まだまだ学校の存廃というレベルではありません。もちろん、放ったらかしにしておけば少しずつ減ってしまうのですが…
ところが、実施校の多くは全校児童数が十数人というところ。しかも、地元の子がその内の数人。
もちろんその規模の良さもあるのですが、かなり苦しい状況であります。
そして、地域が息切れしているところが少なくない。自治体の助成金が削減され、里親のなり手が減少し、あと数年でやめてしまうかもという話しを聞きます。

学校が無くなるということ、それは、地域が無くなるということ。
地域が無くなるということ、それは、町や村が無くなるということ。

数年の間に北海道の自治体は再編成されるのだろうと感じてしまいました。